俺は、似たり寄ったりなオナホはいらない。
2026年2月時点で、俺は110個近くのオナホをこの身体で体験してきた。
新商品を見るたびに思う。
「ああ、これはあの系統か。」
ソフト版。
ハード版。
内部構造の微調整。
確かに違いはある。
だが、本質は変わらない。
俺はもう、その“系統”を知っている。
新作だから、という理由では選ばない
新作レビューは悪くない。
だが俺は、新しいという理由だけではもう動かない。
大型オナホールは2万円近い。
ハンドホールのように気軽ではない。
それが、過去に体験した延長線上にあるなら──
俺はもう、手を伸ばさない。
俺が欲しいのは「違い」ではない
微差ではなく、本質だ。
俺が欲しいのは、
・生活に溶け込めるかどうか
・親同居という制約の中で使えるか
・孤独と欲望を受け止められるか
そこだ。
気持ちよさは前提条件。
それだけでは足りない。
似ていることは、悪ではない
市場が成熟すれば、似てくるのは当然だ。
ゲーム機の進化のように、
黎明期は衝撃がある。
次第に洗練される。
そして安定する。
それは自然な流れだ。
だが俺は、
もう“安定した延長”には興奮しない。
俺が求めているのは「更新」だ
形が変わることではない。
欲望が更新されることだ。
俺の生活を揺らすか?
俺の基準を書き換えるか?
俺の孤独を一段、深く受け止められるか?
そこまで来て初めて、俺は選ぶ。
これは俺の判断だ
似たり寄ったりな商品を否定しているわけじゃない。
それで満足できるなら、それでいい。
だが俺は、
似ているだけでは、もう選ばない。
生活を更新しないものは、俺はもういらない。
それだけだ。

