重すぎる大型オナホールは無駄なのか。
この問いは成立していない。
なぜなら、
価値の測り方を間違えているからだ。
多くの人間はこう考える。
・使われるか
・残るか
・続くか
ここで価値を決める。
だが、それは一部に過ぎない。
結論から言う。
重いことは無駄ではない。
むしろ、
価値の密度が極端に高い領域に属している。
結論
価値のあるものと、残るものは別だ。
この2つは一致しない。
価値の誤認
人間は“扱いやすさ”で価値を測る。
・楽かどうか
・続くかどうか
・日常に入るかどうか
だがこれは、
運用の話でしかない。
価値そのものではない。
原理
価値は分かれている。
■ 運用価値
・継続できる
・扱いやすい
・日常に適応する
■ 体験価値
・密度が高い
・強度が高い
・基準を変える
この2つは同時に成立しないことがある。
ここを基準に落とすなら
本質
これは一部の製品に限らない。
・強い体験
・極端な設計
・非日常の再現
こういうものは
“頻度”で評価する対象ではない。
なぜ無駄ではないのか
理由は単純だ。
基準を変えるからだ。
強い体験は
・欲望の上限を知る
・比較対象を作る
・選択の軸を更新する
一度でも触れた時点で、
それ以前の判断はすべて変わる。
問題になる誤認
ここでズレる。
■ ❌ 日常基準で評価する
・使われるか
・残るか
👉 これで判断すると誤る
正しい位置
■ 体験として扱う
・基準を得る
・比較する
・上限を知る
👉 この役割で見たとき
無駄という結論にはならない
判断基準
これで迷ったらこれ。
■ 日常に組み込むか?
→ YES → 運用価値を優先
■ 上限を知りたいか?
→ YES → 体験価値を優先
👉 これだけ
まとめ
価値は一つではない。
・残る価値
・使える価値
・体験の価値
この中で、
重いものは体験側に属する。
だからこそ、
無駄ではない。
最後に
重いものを否定するのは簡単だ。
だがそれは、
評価軸を一つに固定しているだけだ。
基準を間違えなければ、
無駄という判断にはならない。

